平成22年7月1日
宿舎龍照院客殿にて檀家さんやご近所の方々をご招待してのちゃんこ会。昭和63年若松部屋時代から蟹江龍照院でお世話になり23年目となる。若い衆だけの小部屋だった若松部屋、現師匠が若松部屋を継いで関取が誕生、高砂部屋との合併、大関、横綱の誕生、そしてまた関取一人の部屋という23年。見物客や報道陣の数など栄枯盛衰を間近に感じてきた龍照院関係者やご近所の方にも想いは多々あろうが、今年もお帰りなさいと温かく迎えていただく。3日は蟹江ニューシティー町内会「夏祭り」でちびっこ相撲とちゃんこ、4日は龍照院境内でのちゃんこと餅つき(チャリティ)と土日も地元の方々との交流がつづく。
平成22年7月2日
双葉山の足は、取組中つねに小刻みに動いている。相手の突っ張りを受けるときも、四つ身になる前に前さばきをするときも、四つに組み合ったあとも、小刻みに足を動かしている。決して踏ん張ることがない。相手からの圧力を筋肉で踏ん張って耐えるのでなく、小刻みに足を動かすことによって足と腰の構造によって、あるいは全身の構造によって、全身で受け、相手からの力を流している。イスやアーチ橋が構造力学的に力を受けているのと同じである。
平成22年7月3日
イスは力のかかる方向が一方向からだけだから、きちんとした構造をつくってやれば壊れることはない。ところが相撲の取組では、自分が相手を押す力、相手から押される力、大きさも方向も時々刻々変化するから、より難しい。めまぐるしく変化する力に一々対応するのは難しいから、普通は少々無理な構えになっても筋肉に力を入れ、関節への負担を靭帯で耐え、踏ん張ることによって残している。耐えきれない力が加わったとき崩れ、あるいは“バキッ”と関節や筋肉を痛めてしまう。
平成22年7月4日
木やパイプで作ったシンプルな4本足のイスでも、脚がまっすぐについていればイスを真上からつぶすのはどんなに怪力でも無理な話である。それが、少し角度をつけて斜めから押しつぶそうとすると、簡単な作りのイスだと脚を曲げてしまうのはたやすい。双葉山は、小刻みに足を動かすことによって相手からの力をつねにまっすぐに受けていたから、踏ん張らないで相撲を取れたし、生涯ただの一度も怪我らしい怪我をしなかった。龍照院境内にて蟹江町民とのちゃんこやもちつきでの触れ合い。明日が番付発表。
平成22年7月5日
いつもより1週間遅れの名古屋場所新番付発表。先場所9勝の朝赤龍は西前頭筆頭。いよいよ三役復帰を狙う。塙乃里引退と輝面龍負越しで幕下不在となり朝縄が三段目4枚目で若い衆での最高位。三段目復帰の朝久保、朝乃丈(あさのじょう)と改名。心機一転三段目での勝越しを目指す。序二段朝奄美自己最高位を更新。
平成22年7月6日
名古屋場所開催にはなったが、NHKの大相撲中継中止が決まった。残念なことではあるが、今までの経緯からすると致し方ないことと真摯に受け止めなくてはならない。本場所開催を中止すべきという声も大きかったが、本場所は、本来、興行というよりも力士の技量審査試験という意味合いが大きいから、公開か非公開かは別問題としても、開催することが守るべき伝統であると思う。戦時中昭和20年6月、空襲を受けて天井が穴だらけの戦災激しい国技館でも、非公開にて7日間の開催をしている。
平成22年7月9日
名古屋場所番付表が人気らしい。本場所が開催される県立体育館の番付があっという間に売り切れ、部屋にも番付欲しいという電話が数多い。
取組編成会議が行われ朝赤龍は初日琴欧洲、2日目魁皇。
平成22年7月10日
土俵祭が行われ触れ太鼓が街へ。部屋へも例年より遅く2時過ぎに6名の呼び出しさんが来て初日の取組を呼び上げる。呼び上げの途中、ちょうど体育館での仕事が終わって部屋に帰ってきた呼出し健人を先輩呼出しさんが手招きして何やら耳打ち。しばらくして健人が呼び上げに飛び入り。大兄弟子の突然の計らいに汗タラタラで「・・・には・・・じゃんぞーえー」と呼び上げる。入るタイミングを少ししくじったもののしっかり呼び上げ、兄弟子からも「なかなかいいじゃない」とお褒めの言葉。開催まで大揺れとなった名古屋場所、ようやく初日を迎える。
平成22年7月11日
激動の名古屋場所初日。お昼過ぎに県立体育館へ行ったが、日曜日ということもありお客さんの出足は順調な気がした。会場の入口付近ではTV局のカメラが数台並び初日の風景やお客さんへのインタビュー。例年、正面入口横に建てられていたお茶屋さんのプレハブが建築基準法違反とかで撤去されテント張りなのも寂しさを感じさせる。関係者と交わす挨拶も心なしか沈みがちである。知人に頼まれた絵番付を買いに売店に寄るが、番付発表が遅かったためまだ出来上がってこないとのこと。小雨が降り続いた初日、満員御礼は出ず。
平成22年7月13日
“型”の話にもどる。イスの型や双葉山が小刻みに足を動かすことから考えると、“型”とは、決まりきった形ではなく、外からの力を合理的に受ける構え、構造だといえる。それゆえ力が加わる方向によって形や構えは変わってくる。大事なことは形そのものよりも、力の方向や大きさを感じることであろう。いろいろと変わる力の方向を感じ取ることこそが"型”の本質ではなかろうか。余震のつづく名古屋場所3日目、取組もすこしずつ地に足がついてきた感もある。朝興貴2連勝。
平成22年7月14日
木材にしろパイプにしろ骨にしろ、長軸方向で力を受けると一番強い。そのため、イスの基本の“型”は床と垂直に脚を立てることだし、腰割りの基本も膝から下(スネ)を垂直に立てることである。シンプルなイスは座面が水平になっているから座ると上からの力が脚にまっすぐにかかる。腰割りも、上半身をまっすぐにすることによって上半身の重さが脚(スネ)に対しまっすぐにかかる。大子錦、朝弁慶2連勝。
平成22年7月15日
重力は、地球の中心に向かって常にまっすぐにかかっている。常にかかりつづけているから空気と一緒で、普段の生活の中で重力を感じるのはむずかしい。腰割りや四股の一番の目的は、当たり前すぎて感じられない重力を感じることではないかと思う。まっすぐ下にかかる重力線に体を合わせることによって筋肉に余分な緊張ができずにはじめて重力を感じることができる。重力を感じるために上半身とスネをまっすぐに立てなければならない。朝奄美片目あく。
平成22年7月16日
感じようと感じまいと重力はつねにかかっている。普段は感じにくいが、野口飛行士が宇宙から帰還した姿からもわかるように、なくなるとその大きさがよく実感できる。その大きな重力を味方にして使えると合理的な力になるし、重力に逆らって体を使うことは、効率が悪く、無駄に疲れ、怪我の原因にもなる。重力を味方にする感覚を養うために腰割りや四股がある。朝赤龍、朝乃丈、笹川、いまだ目があかず。
平成22年7月17日
体に無駄な力みがあると重力に逆らうことになる。無駄な力みが抜け、必要最小限の力で体を動かすとき重力を感じ重力を味方につけて合理的な体の使い方ができる。ちゃんこ長大子錦得意の長い相撲の末3勝目。長い相撲が得意というよりも、攻めきれず攻められず長い相撲になってしまうらしい。ある審判の親方からも「お前の相撲は長すぎて、下で見ているとうんこしたくなる」と言われたこともあるそう。長くなって相手が疲れた頃、自分もあきらめたように力を抜いて土俵際まで下がり、小手投げや腹にのっけての吊り出しで勝ちを拾う。力を抜くという点では極意的でもある。大子錦スペシャル「死んだふり」と呼ばれている。
平成22年7月18日
無駄な力を抜くことは全身の筋肉に力を入れないこととはまったく違うことである。全身の筋肉に力を入れないと、立っておれず、ましてや相撲など取れるはずもない。立っている体に常に下方向に重力はかかっているから、かかっている重力につりあう力を上向きに働かさないと体はつぶれてしまう。その上向きの力を最小限にして立つこと動くことが、力を抜くということである。しかしながら普通は足や脚、腰、背中、肩などに必要以上に力を入れて立ち、動いてしまっているから、自分で自分の動きにブレーキをかけてしまうことになる。朝赤龍、朝乃丈、負越し。
平成22年7月19日
四股を何百回も踏んでいると、ときどき無駄な力が抜けて最適なポジションとでもいうべき構えに入りこむことがあった。そのときは、筋肉で頑張っている感じはまったくなく、脚を上げても自然と元の腰割りの構えに引き戻される感じになる。骨格の構造で重力を支え無駄な力みがまったくない状態である。そうすると、頭や意識もすっきりして、何百回を過ぎても実に心地よい。無の境地に近い気もする。しかしながら、その意識はそんなに長続きはしなく、相撲の取組に生かすことはできなかったが。朝赤龍ようやく初日。
平成22年7月20日
すっ転んだときや、自転車でブレーキをかけずに坂道を下るときなどその大きさがわかるが、体には常に大きな重力がかかっている。それなのに立っていられるのは、重力と大きさの等しい力を上向きに働かせているからである。抗重力筋と呼ばれる筋肉(背中の脊柱起立筋や腹の腹直筋、太ももの前後、お尻の大殿筋、ふくらはぎ・・・)に力を入れて体を支えているから重力につぶされずに立っていられる。負けたら負越しの朝縄、笹川、踏みとどまるが、勝ったら勝越しだった朝ノ土佐、大子錦、勝越しならず。朝乃丈、改名後初の白星。
平成22年7月21日
牛肉や豚肉のかたまりを見ればわかるように、筋肉それ自体では立つことはできない。骨につながって伸縮することによって骨格を支えて立てる。ヒトが立つメカニズムについては、高岡英夫著『体の軸・心の軸・生き方の軸』(ベースボール・マガジン社)に詳しいが、我々一般人の立ち方は、身体のあちこちに無駄な力を入れて重力に抵抗して、立つには立っているが、という状態でしかないという。男女ノ里、朝龍峰、勝てば勝越しの一番だったが二人とも勝越しならず。11日目になってもいまだ勝越し力士なし。
平成22年7月22日
我々一般人が身体に無駄な力を入れて立っているのに対し、オリンピックで金メダルを獲るような選手は、スッと伸びやかに立っている。立つという同じ動作をしているにもかかわらず、一方はガチガチに身体を固め重力に逆らっているのに、一方は体をゆるめ重力を感じ、重力を味方にしている。高岡氏によると、金メダル選手は体にかかる重力と体が生み出す抗力が同じ大きさで真反対の向きに重なり合っているが、一般人は、大きさも方向もあいまいになっているという。勝越しをかけた朝ノ土佐、大子錦、ともに負け今日も勝越しならず。
平成22年7月23日
激震のなかようやく開催にこぎつけた名古屋場所、揺れつづけながらも残りあと2日間となった。NHKの中継が中止となりダイジェストが放送され高視聴率も得ているという。もちろんよほどの用のないとき以外は見るが、やはりダイジェストでは大相撲が大相撲でなくなると感じる。花道、控え、呼出し、行司の所作、仕切り、塩、・・・立ち合うまでの一連の流れが、さらに終わって花道を引き上げるとこまでが大相撲という文化であって、それを切り捨ててしまうと相撲という単なる競技でしかなくなる。朝弁慶、13日目にしてようやく待望の勝越し第1号。
平成22年7月24日
誤解をおそれずに言わせてもらうと、文化とは無駄である。花道も大銀杏も化粧回しも横綱土俵入りも清めの塩も、なくても相撲という競技は成立する。アマチュア相撲がそうである。また、仕切りという時間的な無駄があるから、時間一杯になったときの歓声が起こり、両力士の気合も最高潮に達する。無駄があってこその大相撲文化である。3勝3敗で今日の一番に勝越しをかけた朝龍峰、大子錦、男女ノ里、朝ノ土佐、全員白星で勝越しを決める。
平成22年7月25日
♪「無事に迎える千秋楽の 汗もにじんだこの十五日 ・・・」♪村田英雄『男の土俵』のフレーズだが、大揺れに揺れた名古屋場所だけに今日の千秋楽を無事に迎えられたことに感謝である。打上げパーティーも例年通り蟹江尾張温泉東海センターで行われ、地元の方々が多数激励にお越しいただく。こういう場所でも応援してくださるファンの方々に報いることができるよう、力士はもちろん相撲に関わる人間全員がやるべきことを真摯にやっていかなければならない。
平成22年7月26日
一連の騒動以来、新聞各紙でも各界から大相撲改革案が提言されている。厳しい意見も多いが、皆さんの大相撲に対する思い入れの強さを再認識させられる。今朝の朝日で柔道の山下康裕氏は「相撲は公器だ。現役力士や親方の私物ではない。・・・100年後にも人々に愛される相撲界を再構築してほしい」と寄せている。何度か日記でも書いたが、大相撲の盛衰と景気も含めた日本の盛衰は、かなりシンクロしているところがある。大相撲がしっかりしなければ日本も良くならないとまでもはいえないが、古からつづくみんなの大相撲を後世まで伝える責務を大いに感じなければならない。
平成22年7月29日
陸奥部屋琉鵬は、沖縄県中城の出身である。実家が琉球大学に近いこともあって、琉球大学相撲部土俵にも自ら顔を出してくれ学生たちに何度か胸を出してもらった。一緒に石垣島で中学生の相撲教室を開いたこともあった。平成18年9月には幕内に上がり十両を13場所務めたが、膝の怪我にも悩まされここ3年は幕下暮らしを余儀なくされている。それでも日々コツコツと精進を重ねる姿は誰もが認めるとこである。今回の名古屋場所は幕下11枚目で6勝1敗。普通なら絶対に昇進できない成績だが、今回の騒動の影響で思いがけずの十両復帰が決定。暗いニュースがつづく相撲界、実直な努力が報われた朗報に心救われた関係者は少なくないことであろう。
平成22年7月31日
また聞きの話だが、今朝のTVで俳句の番組があり、俳句の五七五が相撲の土俵、季語がマワシにあたるといい、言葉が技だと言っていたそうである。けだし名言だと感じ入った。五七五も土俵も同じ枠であり型であるし、季語もマワシもなくては成立しないものである。限られた枠・型の中だからこそ、創造力を働かせ、より自由でより多彩な発想、言葉、技が生まれる。それこそが日本文化の最たるところであろう。
平成22年8月1日
自由で創造的な発想というと、料理でも同じことがいえるかもしれない。今晩のオカズを決めるのに、スーパーで何百種類と並ぶ材料の中から選んで作るとなるとワンパターンの料理になりがちだが、家にじゃがいもとキャベツだけがあり、その材料で何日かオカズを作ろうとすると、新作に挑戦したり工夫も凝らし、創造力を大いに働かせる。残り番の力士も相撲列車(新幹線)にて帰京。
平成22年8月2日
四股や腰割りなどの“型”も同じことなのであろう。人間の体は、およそ200個の骨と600ほどの筋肉とでできている。立つ、歩く、押す、投げる・・・いろんな動きをするのに、どの筋肉と骨を使うか使い方はスーパーに並ぶ食材とおなじように無数にある。無数にある中から材料と最適な料理法を決めるのがー使う筋肉ゆるめる筋肉を決め、あるいは動かす骨と動かさない骨を決めるのがー四股や腰割りの“型”なのであろう。型があることによって、合理的で多彩な技が生まれる。
平成22年8月3日
10月3日(日)に国技館にて行われます朝青龍引退相撲の準備も進みつつあります。午前11時開場で甚句や太鼓打分、最後の横綱土俵入りのあと断髪式を行います。また午後6時半よりザ・プリンスパークタワー東京にて引退披露パーティーも行われます。
平成22年8月4日
競技人生が短いプロスポーツ選手にとって引退後の就職は大きな問題だが、相撲協会のほうでも『セカンドキャリアサポートセンター』開設に向けて準備が進んでいる。現役力士や元力士を対象とした「就職支援セミナー」も今回で3回目を数え、自分の持ち味の理解、履歴書の書き方、面接の受け方など、具体的な就活の心構えをレクチャーしている。今まで引退後は、ちゃんこ屋や後援会、地元での縁故を頼っての就職が主だったが、これからはいわゆる一般的な就職活動も大事なことであろう。
平成22年8月5日
相撲の“型”についてそれぞれ考えてみたい。まず、腰を割ることである。なぜ腰を割るのか?何度か書いたが、基底面を広げ重心を落とし体を安定させるためである。また股関節を広げることによって下半身がアーチ構造になり、より強固な構えとなる。さらに股関節周りの筋肉がゆるみ、かつすべて使え、相手の力を受けるにせよ自分が攻めるにせよ合理的で大きな力が出せる。腰割りという“型”のなせる技である。錦戸部屋との合同稽古。
平成22年8月6日
では“型”として実際に使えるための「腰割り」はどうあるべきか。アーチ橋やイスの構造からわかるように、基本的に脚は垂直でなければならない。なぜ垂直でなければならないか?力(重力)が上から下に垂直にかかるからである。かかる力の向きと脚の向きが同じになるとき、合理的で一番強い構造となる。基本の腰割りの構えでは、体にかかる力は自分の体の重さ(重力)のみだから、力を受ける脚(スネ)を重力と垂直に保たなければならない。今日から毎夏恒例の部屋開放わんぱく相撲教室。
平成22年8月7日
力がかかる向きと支える脚が同じ向きになることが“型”の基本だといえる。力のかかる向きを垂直にするために上体もまっすぐにしなければならない。上体を大きく前傾させたりお尻を突き出したりすると力がかかる向きと支える脚の向きにズレができ、膝関節や股関節にも一部分だけによけいな負担がかかる。“型はずれ”の構えになってしまい、本来使わなくてもいい筋肉で無理に頑張らなければならない。不合理であり怪我の元ともなる。
平成22年8月8日
支える脚を力のかかる向きと同じ向きにするために脚(スネ)を垂直にする。上体の重みが脚に垂直にかかるように上体をまっすぐ立てる。向きをそろえることこそが”型”である。重力のみがかかる腰割りの基本の構えは、脚(スネ)と上体をまっすぐすることであり、重力と体の軸がそろう気持ちよさを感じることこそが”型”となる。今日まで部屋開放わんぱく相撲教室。今年もさいたま相撲クラブからの参加。幼稚園児から中学生までが「やぁ!」と元気な声を出して相撲体操や稽古に汗を流す。
平成22年8月9日
基本的なイスの作りでわかるように、脚を力のかかる向きと同じ向きにつけることと、一部だけに負担をかけずに全体で重さを受け止めることが“型”となる大事な要素である。上体の重さが直接かかる股関節。股関節周りにはたくさんの筋肉がついているが、太ももの前で耐えるとか、お尻の筋肉を締めて頑張るのではなく、全部の筋肉を最小限、均等に使うのが、正しい腰割の”型”といえよう。
平成22年8月10日
腰割りの構え(四股も同様だが)では、重心はどこにおくべきだろうか。一般的には足の親指に力を入れてと指導することが多い。足の親指はもちろん大事なのだが、重心をおろすところは、脛骨(スネの骨)の真下である。なぜなら、今まで何度も述べたように、スネを垂直にして重力と向きをそろえることが“型”であるから、脛骨の真下すなわち内くるぶしの真下に重心がおりたときに脚と重力の向きがそろうことになる。
平成22年8月11日
スネは、脛骨(けいこつ)と腓骨(ひこつ)という2本の骨からなっている。脛骨はかなり太い骨だが腓骨は脛骨の1/4ほどの太さでしかない。地面に接する足の骨の中で一番大きな踵骨(しょうこつ)の上に馬の鞍のような距骨(きょこつ)が乗っかり、距骨に太い脛骨がのっかっている。脛骨の一番下のでっぱりが内くるぶしで、細い腓骨が距骨と脛骨に横つなぎになっている部分が外くるぶしである。足の骨の構造的にも内くるぶしがついている脛骨の真下で体重を支えるようにできている。
平成22年8月12日
足の指も手の指同様細い骨からできている。重い体重を支えるようにはできていない。それでは足の親指、拇指球にはどういう役目があるのか。高岡英夫『究極の身体』(講談社)によると、動き出したあとさらに加速をつけるためにあるという。速球投手が腕を振った最後にスナップを利かせるよう、動き出した体に最後のひと押しをして更にスピードを高めるための働きがあるという。最初から親指に力が入っていると前に行こうとする体にブレーキをかけてしまうことになる。
平成22年8月13日
前に出るためには重心を前に移動させなければならない。重心を前に移動させるために地面(土俵)を蹴る。蹴っても土俵は動かないから、反作用で体が前に動く。ニュートンの運動の第3法則作用・反作用の法則で、作用と反作用は大きさが同じで向きが反対の力になる。強く蹴れば大きく動き大きな運動量を得られる。どれだけ地面(土俵)から大きな反作用をもらえるかが、立合い強く当たるための条件になる。今日から15日までお盆休み。
平成22年8月14日
重心は股関節から膝を通り脛骨(スネの太い骨)の真下に下りている。拇指球や足の親指は重心とは距離がある。重心の真下で地面を押して反作用をもらうのと、重心から足の長さ分(20cmほど)ずれたつま先で地面を押すのとでは、もらえる反作用にも差が出てくる。立合いあたって相手からの圧力を受けたときにも、脛骨の真下で相手からの力を受けるのと、つま先で受けるのとでは耐えられる力が何倍も違ってくる。
平成22年8月15日
500円玉をテーブルの上に置き、真中をはじいてやると500円玉はまっすぐ前に進むが、端っこをはじくと、回って斜めに少し動くだけである。力をかける方向が500円玉の重心にまっすぐかかると、かけた力は500円玉を前に進めるために使われるが、かけた力が重心から外れていると、力は500円玉を回転させるために使われ500円玉はまっすぐ進まない。力がものを回転させようとする働きを〝力のモーメント”という。
平成22年8月16日
人間の体も同様で、重心にまっすぐに力をかけるとまっすぐに進むが、重心から外れたところに力をかけてしまうとモーメントが働き、体を前に進めるのには無駄な動きになってしまう。”型”の話から、物理の話になってしまった。重心とかモーメントとかいう言葉を出すとよけいにわかりにくいという方もおられようが、相撲は物理だという面白さを感じてもらえればと思うので、しばしお付き合い願いたい。それが”型”にもつながってくると思うので・・・今日から稽古再開。いい汗が出る。
平成22年8月17日
人間の体の重心は、おおよそ下腹部の中心にある。そこが丹田とも呼ばれる。重心をまっすぐに下ろしていくと脛骨の真下、かかと側に重心は下りてくる。つま先の上には重心はないし、ましてや体もない。つま先で蹴って前に進もうとすることは、500円玉の端っこをはじくようなものでモーメントがかかり前に進める力は弱まってしまう。つま先で相手からの圧力を受けると、足首へはより大きなモーメントがかかり怪我につながってしまう。
平成22年8月18日
物を回転させようとする力のモーメントは、距離×力で表わされる。同じ力なら距離が長いほど回転させようとする働きが強くなる。体にくっつけて持つと楽に持てる荷物も、腕を伸ばし体から離して持つと重くなってしまう。荷物の重さは変わらないがモーメントが大きくなるためである。逆に、物を回転させようとするときにはモーメントを大きくしたほうが楽になる。ナットをスパナで回すのに、近いところを持って回すよりも一番端を持って回したほうが楽に回せる。モーメントが大きくなり少ない力でナットを回せるからである。今日から再び錦戸部屋との合同稽古。
平成22年8月19日
〝テコの原理”もモーメントである。持ち上げるものにテコの支点を近づけ距離を短くしてやり、力を加える先をなるべく長くしてやると、小さい力で重いものを持ち上げることができる。支点を中心に左右のモーメントが等しくなる。距離×力だから、支点までの距離が5倍なら持ち上げる重さの1/5の力でいいし、支点までの距離が10倍なら1/10の力で済む。まっすぐに進めるためや力を受け止めるのにはモーメントがかからないゼロのほうがいいが、大きい回転力を与えるためにはモーメントを大きくしたほうがいい。
平成22年8月20日
物をまっすぐに進めるときや相手からの力を受け止めるときにはモーメントがゼロ、回転を与えないようまっすぐ押しまっすぐに受けるほうがいい。イスも脚が内に曲がっているとモーメント(斜めからの力?)がかかりつぶれやすくなってしまう。人間の体も同様である。モーメントがゼロになるように(力の方向と一体となるように)力を出し、力を受けるとロスのない力を出せ、最小限の力で受け止めることができる。「モーメントをゼロにすること」が〝型”となるための条件といえるかもしれない。
平成22年8月21日
では、実際に相撲を取るときにはどうするべきか。どういう動きをすれば最小限の力で相手に最大の力を発揮できるのだろうか。自分の体を動かすのや外から加わる力に対しては、モーメントがゼロになるように(20kgの衣装を持って歩くのは大変だが、着て歩くのは数倍楽である)、相手や外に力を発揮するにはモーメントを大きく(短いスパナより長いスパナのほうが大きな力を出せる)することが合理的な体の使い方といえる。小錦さんがお客さんを連れ稽古見学。タレントとして歌手として大活躍の元大関、5月にリリースした『ドスコイ・ダンシング』では元泉州山もバックダンサーを務めている。
平成22年8月22日
高岡英夫『究極の身体』に次のような話がでている。「相撲のように前方にプッシュする時に拇指球支持にすると、重心に対して足の接地点が前方に寄ってくるのでモーメントが減ります。その結果、相手に対する圧力が減ってしまうのです。・・・でもそのまま、まったく同じ足の位置、同じ角度、同じ体幹部の角度で踵支持にすると、モーメントが増大し前方への圧力が時には数倍にも増えます」
平成22年8月23日
100kgの丸太が立ててあるとする。まっすぐ立ててあると抱きついても押されることはない。接地面(基底面)の上に重心がありモーメントがゼロになっているからである。抱きついた状態で底の後ろ側に厚い板を挟んでやる。今度は丸太の重みがずしりとのしかかってくる。モーメントが大きくなるためである。極端に例えれば、拇指球支持は前に板を挟んで丸太を前に倒そうとするようなもので、踵支持は後ろに板を挟んで相手に圧力をかけるようなものである。圧力は時に数倍にもなる。
平成22年8月24日
相手に圧力をかけるにはモーメントが大きいほうがいい。モーメントは距離×力だから、同じ力(同じ重さ)だと後ろに挟む板を厚く(傾きを大きく)したほうが支持点と重心の距離が長くなりモーメントが大きくなるし、同じ重さ同じ傾きだと丸太の長さが長くなるほど(身長が高くなるほど)モーメントは大きくなる。長身力士の突っ張りが効くのはモーメントが大きくなるからなのだ。突っ張りは高重心でも構わないと書いたことがあるが、高重心だからこそモーメントが大きくなり威力があるのだ。 今日は友綱部屋への出稽古。
平成22年8月25日
まっすぐ前を向いた状態だと、つま先はかかとの前についている。そのまま前に体を傾けるとつま先に重心がかかりつま先立ちになってしまう。脛骨真下、かかとに重心を保ったまま体を前傾させるにはどうすればいいか?つま先を外に開いてしまえばいい。つま先を開くのと同じ向きに膝と股関節を開いた姿勢が”腰割りの構え”である。“腰割り”とは、重心をかかとから逃がさずに相手にかけるモーメントを大きくする構えだといえる。引退相撲用の横綱の麻もみをした後、土俵をおこす(掘り返す) 。
平成22年8月26日
ただ上半身だけを前傾させてしまうとモーメントは小さくなってしまう。丸太を半分に切って腰の高さの台の上に乗せたようなもので、かかる圧力は減ってしまう。できるだけ上半身と下半身を一直線にして腰を割り、一直線のまま前傾させことが相手にかけるモーメントを大きくすることになる。 腰割りを”型”として実際の取組に生かすには、上半身と下半身をまっすぐに保つことが大切になってくる。9月場所に向け稽古場を土俵築。
平成22年8月27日
上半身と下半身をまっすぐに保つことは、何度もいっているように「腰割り」の基本である。いくら股関節を開いても、上半身を折り曲げて下半身と角度をつくってしまうとモーメントが減り相手に対する圧力は減ってしまう。そう考えると単に股関節を開くことが「腰割り」なのではなく、上半身と下半身をまっすぐに保ち脛骨真下に重心を保ったまま腰を下ろすことが「腰割り」で、そのために股関節を開くのだといえる。今日から平塚合宿。明日明後日、午前8時より総合運動公園内土俵にて朝稽古を行なう。
平成22年8月28日
平塚合宿、稽古初日。若松部屋時代から数えると今年で17回目となり、すっかり平塚の夏の風物詩として定着しているようで、早朝から多くの市民が土俵を囲んでの稽古。とくに地元の朝弁慶には熱い声援が送られ、稽古後は市民にもちゃんこがふるまわれる。午後2時より、運動公園内にある平塚市民球場にて市役所チームとソフトボール大会。炎天下、なかなか終わらない守備とあっという間にチェンジになる攻撃にバテバテだったが、そのうちヘッドスライディングやランニングホームランも出て、7回終わってみれば9対6と好スコアでの敗戦。夜、歓迎会。
平成22年8月29日
平塚合宿2日目で最終日。今朝もたくさんの見学客が土俵を囲む。昨日が誕生日で20歳になった朝龍峰、成人祝いのかわいがり。もちろんご当所朝弁慶もかわいがり。客席からも「がんばれ!!」と大きな声援が飛び、客席の後ろから見守る母の前、最後押し切ったときには四方の観客席からも大きな拍手喝采。稽古終了後は男女ノ里が化粧回し姿での弓取式。今年も大変お世話になった湘南高砂部屋後援会会員の方々とちゃんこを囲み皆で記念撮影をして午後1時すぎバスにて帰京。明日秋場所番付発表。
平成22年8月30日
9月場所番付発表。先場所の謹慎休場者の影響で幕内と十両でも大きく入れ替えがあった。徳之島出身の大島部屋旭南海、7月場所の成績は十両西12枚目で10勝5敗。普通なら5,6枚上がって十両中位のところ今朝発表の新番付では東前頭15枚目と一気に新入幕。12枚目からの入幕は初めてのことだそうで、初土俵以来105場所での昇進は史上2位のスロー出世。徳之島出身としては旭道山以来の新入幕である。朝赤龍は西前頭6枚目。朝ノ土佐が幕下復帰。朝龍峰が自己最高位。
平成22年8月31日
再び脚の構えとモーメントについて。今年も熱戦が繰り広げられた甲子園だが、ピッチャーの足の使い方にも同じことが見える。投球動作に入るとき、支えとなる軸足のつま先は必ず三塁側(右投手の場合)を向く。決して軸足のつま先を前に向けることはない。体重移動するのに、かかと重心にしてモーメントを大きくして速いボールを投げるためである。上げた脚を大きく前に踏み出し、ほとんど腰割りに近い構えで投げる。投げ終わったあとの前足は、前にいく体を止めるため前に向けつま先重心になる。今日から稽古再開。8時半より土俵祭。午後1時力士会。
平成22年9月1日
つま先重心で体を前に傾けていくと、太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)が強く働くのがわかる。つま先重心はモーメントが減るし、前に進もうとする体を止めることにもなる。また、地面(土俵)からの反作用を受ける脚がまっすぐな棒の形ではなく、逆L字形になるから前へ倒す支点もつま先と足首の2か所にでき、前に圧力をかけるというよりも、つんのめってしまうような動きになってしまう。
平成22年9月2日
“土俵の鬼”の45代横綱初代若乃花が亡くなられた。戦後の大相撲人気の火付け役となり横綱栃錦と共に「栃若時代」を築いた。伝説的ともなっている猛稽古で100kgそこそこの体を鍛え上げ「仏壇返し(呼び戻し)」などの大技を得意として優勝10回。まさに筋金入りの心技体であった。歴代横綱の中では2番目の長寿という享年82歳。近年の騒動には心を痛められていたことであろう。ご冥福をお祈り申し上げます。
平成22年9月3日
ご縁といえるほどのことでもないが、“土俵の鬼”には以前直接お会いしたことがある。昭和58年3月大阪場所の折、二子山部屋の門を叩き宿舎2階の初代若乃花二子山親方の部屋に通してもらって入門をお願いした。身長が足りずに断られたが、背筋がピンと伸びた威厳のある胡坐姿で「ワシも小さかったから気持ちはわからんでもないがなぁ」と厳しい顔を気の毒そうにしてくれたのを思い出す。明日9月4日(土)は国技館本土俵にて横綱審議委員会総見公開稽古が行われます。
平成22年9月4日
つま先立ちで頭から当たるとつんのめってしまう。お尻が上がり頭は下がり上体がかぶさってしまう。そうすると腕はバタフライで泳ぐよう下から上へと回り、必ず脇が開く。相手に圧力をかけるどころか自分の体を止めるのに精いっぱいになってしまう。極端な例えだが、つま先重心でかかとを上げてぶつかると、大なり小なりつんのめる動きになってしまう。腰の入った当たりとは反対の動きになってしまう。
平成22年9月5日
前述『究極の身体』で高岡英夫氏は次のようにつづけている。「一方、拇指球支持で前方力を増やそうとするには、体幹部を前傾させてより低い姿勢で相手に寄りかからなければなりません。しかし、深い前傾角度で寄りかかることで前方力を生み出そうとすると、相手にパッとかわされてはたき込まれてしまう危険性も増えてしまうのです」現代の相撲の欠点そのものである。
平成22年9月6日
さらにつづく「だから双葉山などは、踵をきちんと地面につけた「すり足」で、他の力士に比べ体幹部を前傾させることなく土俵の中を動き回っていたのです」確かに双葉山は、上半身だけを前傾させ低く頭をつけるような相撲は一番もなく、突っ立っているようにも見える姿勢で相撲を取っている。攻めるときも四つに組止めたときも相手の攻撃を受けるときも、全身をひとつの軸にして、全身の軸を傾けることによって相撲を取りきっている。今日からまた錦戸部屋との合同稽古。
平成22年9月7日
決してかかとが浮くことはない。相手の攻めを受けるときは、足の裏全面をつけて受ける。ただし、止まって踏ん張っているわけではない。足を小刻みに動かし、相手が攻めてくる圧力を脚と足でまっすぐに受けられるよう、よけいなモーメントを増やさぬよう、常に最適のポジションをとるため足を微妙に動かしている。前に攻めるときは足の内側のライン(インエッジ)が土俵に食い込む(止まりはしないが)よう足から頭までの全身を傾けモーメントを最大にする。足の小指から踵までの外側のライン(アウトエッジ)は土俵から浮くが、脛骨真下のかかとは決して浮くことはない。
平成22年9月8日
「すり足」も「腰割り」と並ぶ相撲の代表的な“型”のひとつである。モーメントやカカト支持の話、双葉山の足の使い方などから考えると、「すり足」とは、単に足を土俵から離さないことではなく、脛骨真下に重心をおき、かかとを浮かさずに動くことであろう。そうすることによって、腸腰筋などのインナーマッスルが使え、合理的に相手の力を受け、合理的に力を出すことができる。かかとを上げてつま先で土俵をすって動くのは“型”として使える「すり足」にはならない。引退相撲用の最後の綱打ちを行う。
平成22年9月9日
相撲を取っているとき相手からの圧力は方向も大きさも時々刻々変化する。体にくっつけて持つと楽にもてる荷物も、体から離して持つと重くなるという力のモーメントの話を以前に書いたが、足を踏ん張って相手からの圧力を耐えることは、前後左右上下動き回る荷物を体から離して腕の力だけで頑張って持つようなものである。逆に双葉山のカカトを浮かさない小刻みな足の動きは、つねに荷物の真下に自分の体を動かし、腕だけで荷物を持たないよう、全身で荷物を持つための動きだといえよう。
平成22年9月10日
野球のファインプレーの話にも通ずる。三遊間を抜ける打球を体を伸ばして飛びつき取るのはファインプレーだが、もっとレベルの高いプレーは、バッターの構えから、あるいはピッチャーの球筋・球種さらには打つ瞬間の動きからボールの行方を予測して打球が来る前に体を移動させて、どんな打球でも真正面で平凡なゴロのように捌くことである。確かに双葉山の相撲は、無理な体勢で踏ん張って残し手に汗握るという面白さはなく、相手をいとも簡単に受け、いとも簡単に投げ捨てる。取組編成会議、初日2日目の取組が決まる。
平成22年9月11日
相手からの圧力は前から後ろに向かってかかってくる。体の軸は前傾姿勢になっている。相手からの圧力を体の軸と一体にするにはどうすればいいか?下向きの重力と合わせてやればいい。重力はつねに垂直に下りている。相手からの圧力と重力を合成させてやれば、その合わさった力は斜め下向きになり、前傾した体の軸と同じ向きになる。国技館土俵にて土俵祭が行なわれ触れ太鼓が初日の取組を告げる。
平成22年9月12日
「力の合成」とか「力の分解」という言葉を覚えておられようか?力は大きさと方向を矢印で示したベクトルで表わされる。相手の圧力は前から後ろ向きにまっすぐに来る。体を前傾させて相手からの圧力に下向きの重力を合わせてやれば、力は合成されて斜め下に向く。その向きに体の前傾角度を合わせてやれば、相手からの圧力を自分の体の軸で合理的に受けることになる。自分の体の軸の先には地面(土俵)があり、相手は結局地球を押していることになる。決して押せない。 9月場所初日。秋場所とはいえ名古屋場所のような酷暑。
平成22年9月13日
一つの点に2つの力が加わっているとき、2つの力のベクトルを2辺として平行四辺形をつくってやると、2つの力は、平行四辺形の対角線で表わされる一つの力(大きさと方向をもったベクトル)におきかえることができる。これを「ニュートンの平行四辺形の法則」という。
小難しい言い方になってしまったが、相手がまっすぐ押してきても、そこに別の向きの力を加えれば、相手からの力の向きを変えられるということである。
平成22年9月14日
ぶつかり稽古で胸を出すのは慣れないと難しいが、コツをつかんでしまえば自分より力のある相手でも残せるようになってくる。胸を出すコツは、体を脱力して前傾させ、相手が押してくる力をハラ(丹田)さらにはかかと(脛骨真下)に受け流すことである。上半身の力で対抗しようとすると、自分よりよほど下の力の相手しか残せない。前傾させる体は、上半身だけ前傾させるのでなく体全体をひとつの軸にして前傾させる。そのときはじめて重力を自分の味方にすることができる。幕下復帰を目指す朝縄、豪快な一本背負いで2勝目。
平成22年9月15日
脱力することによって重力を味方にすることができる。相手が押してくる力に重力を合成させて力の方向を変えることができる。そうすると、体全体で相手の力を受けることができ、さらに土俵も大きな支えになってくれる。筋肉に力を入れて対抗すると、重力を打ち消すことになり、相手との力比べになり、耐えられる力は格段に減ってくる。笹川、朝奄美、朝興貴に初白星。
平成22年9月16日
先日朝日カルチャーセンターで能楽師でロルファーの安田登氏と『能と相撲にみる和の身体技法 日本の型と技』と題したワークショップを行った。能と相撲、同じ日本伝統文化ながら様式も動きも随分違うように見えるが、身体技法を高めるために“型”を徹底して身につけるという点ではまったく同じで、能のすり足と四股の共通点など新鮮な発見も数あった。朝興貴、朝奄美が2勝目を上げるも2連勝組が4人とも土。
平成22年9月17日
舞台の上をゆっくり動く能と、狭い土俵の中で激しくぶつかり力を出し合う相撲。およそかけ離れた動きのように思えるが、基本である能のすり足も相撲の四股も、深層筋を活性化させ体のバランスを整えるという点では同じである。能のすり足エクササイズは、小さな動きで体の奥の大腰筋や内転筋を感じ体を少しもぶらさないよう足を運ぶ難しい動きだが、四股の本来の動きにも通ずるように感じた。朝龍峰、自己最高位で白星先行。
平成22年9月18日
能の謡は、骨盤底筋と横隔膜を使って声を出す。骨盤底筋だけとか横隔膜と両方とか使い分けて謡う。実際すぐ横で聴かせてもらったが、腹に迫力ある大音響がビンビンと響き渡ってきた。四股も、太ももや腹筋など表面的な筋肉で脚を上げるのでなく、横隔膜と骨盤底を引き上げて脚を上げ、腹圧を高めて横隔膜を下ろしながら脚を踏み下ろすことにより深層筋が使える“型”となる。朝奄美、朝興貴勝ち越しまであと1勝。
平成22年9月19日
中日おりかえし。猛暑のなか始まった9月場所だが、いくぶん涼やかさもでてきて白鵬の偉業が達成され、秋祭りの囃子で祝うようにようやく満員御礼も下りた。朝赤龍は五分に星を戻し、朝弁慶、朝縄、朝乃丈3勝目。1年ぶりにほぼ自己最高位まで番付を戻した朝弁慶、体を生かした前に出る相撲で勝ち越しまであと一番。
平成22年9月20日
重力を味方にする話に戻る。重力を使って相手の力を受けられると、自分の体の筋肉はリラックスできるから、攻めるときには瞬時に攻めに転じることができる。またイスの脚と同様で、一か所に負担をかけることなく全体の構造で圧力を受けられるから、大きな圧力にも耐えられ怪我もしない。見た目にも、筋肉で必死に頑張っている感じはなく、激しい攻防の中でも涼しげでさえある。朝縄今場所第1号の勝越し。大子錦負越し。
平成22年9月21日
逆に力んで体の筋肉を固めてしまうと、重力に逆らうことになる。せっかく下向きにかかっている重力を打ち消してしまう。そうすると、相手からの力は自分の体にまっすぐにかかる。相手の押す力と自分の腕や背筋との力比べである。筋肉で耐えられる限界を超えてしまうと後ろにかんたんに崩されるし、特定の筋肉にだけ大きな力がかかるため怪我にもつながりやすい。朝乃丈、朝弁慶あと2番残しての勝越し。朝弁慶はあと1勝すると新幕下昇進が見えてくる。
平成22年9月22日
「無事これ名馬」とは昔からよくいうが、双葉山は現役中ただの一度も怪我をしていない(アメーバ赤痢にはかかったそうだが)。それは、単に体が丈夫だったとか、運が良かったとかいうのではなく、そもそもの体の使い方が根本的に違っていたからに他ならない。重力を最大限に使い切り、力のモーメントに則り、究極に合理的な相撲を取りきっていたからこそである。朝乃丈5勝目。三段目復帰にはあと1勝欲しいところ。朝ノ土佐負越し。
平成22年9月23日
三段目21枚目の朝弁慶が5勝目。あと1番残っているが来場所の幕下昇進を確定的なものにした。190cm170kgと体格に恵まれているとはいえ、相撲経験がないのに3年半での幕下昇進は順調以上の出世といえる。まだまだ相撲は雑さが目立ち稽古場では朝ノ土佐や朝縄に分が悪いが、本場所では体を生かしてどんどん前に出る相撲でメキメキと番付を上げてきた。この勢いで駆け上がってほしい所である。笹川勝越し。男女ノ里負越し。
平成22年9月24日
重力を活かして合理的に体を使えるのが理想だが、実際の取組では、相手から押されたら、押されまい押し返そうとあがくばかりである。足を踏ん張り、背筋、腹筋に力を入れて相手からの圧力に耐え、肩や腕の筋肉で相手を押そうと必死になる。筋肉をガチガチに固めるから重力を打ち消し、相手との力比べに終始する。全身の構造で受けるのではなく、ある特定の筋肉、関節で頑張って押し、受けるから、力を外されたり違う角度から力を加えられると簡単に崩され、無理に頑張ると怪我をしてしまうことにもなる。
自己最高位だった朝龍峰3勝3敗までねばったものの負越し。朝赤龍不戦勝での勝越し。
平成22年9月25日
輝面龍が今日の一番を最後に引退することになった。輝面龍は昭和60年3月場所の入門で、当時の師匠は元横綱朝潮の5代目高砂親方、現師匠が大関で初優勝を飾った場所でもある。元富士錦の6代目、元朝潮の7代目と3代の師匠のもと26年あまりの現役生活で、190cmの長身からの上手投げを得意として幕下4枚目まで番付を上げたこともある。また横綱朝青龍の付人頭を長年務めた。明日千秋楽打上パーティーにて断髪式を行い、引退後は故郷岐阜県養老町に戻り第2の人生を歩んでいく。朝奄美勝越し。朝弁慶6勝目。
平成22年9月26日
千秋楽。朝乃丈6勝目。来場所は三度目の三段目昇進。前2回は98、99枚目とぎりぎりでの昇進であったが、今度はだいぶ余裕をもっての昇進。もちろん来場所は自己最高位を更新することとなる。三段目29枚目朝縄5勝目。幕下復帰にはあと1勝足りない感じだが来場所は勝越せば間違いなく昇進する位置となる。千秋楽打上パーティーの宴半ば輝面龍の断髪式が行われる。同期生だった火の竜、筑後龍、佐久の湖(2年下)らのOBも懐かしい顔を見せてハサミを入れ、最後師匠の止めバサミで26年余りのちょん髷とお別れ。
平成22年9月27日
モーメントや力の合成、重力などとなじみにくい言葉を使ってしまったが、“型”とは最小限の力で最大の力を発揮できる構えだといえる。“型”として使えるための「腰割り」や「四股」はどうあるべきか?最小限の力で最大の力(効果)を発揮するには、モーメントをゼロに近づけなければならない。モーメントがゼロのとき重力と骨格の構造をピッタリ合わさることになり、最小限の力で最大の効果を発揮することができる。「腰割り」でいえば上体やスネをまっすぐにして重力に向きを合わせることである。
平成22年9月28日
重力と骨格の構造を合わせるために、「腰割り」は体をまっすぐにして垂直にかかる重力に体の軸を合わせることが大事になる。そして、スネを垂直に立て、重心が脛骨真下にくるようにする。これが“型”として使えるための「腰割り」の構えであり“型”である。そのとき骨で立つことができ、骨で立つことが「腰割り」の“コツ”になる。
平成22年9月29日
「四股」はどうあるべきか?「腰割り」が四股の基本の構えであることはいうまでもない。しかしながら最近は、「腰割り」が四股の基本だという認識がかなりあいまいになっている。別の運動のようにとらえている節もある。というか、仕切りの構えと混同されていて、仕切りのように深くしゃがみこんでから四股を踏む力士も多い。しかし、あくまでも四股は動きの中ででも腰を割れるためのもので、「腰割り」の構えこそが基本になるべきである。
平成22年9月30日
10月3日(日)の朝青龍引退相撲が目前に迫ってきて準備に追われる毎日。断髪式でハサミを入れるお客様は溜席に座り、名前を呼ばれたら順番に土俵に上がることになっているが、直前になっての追加や変更なども多く、結婚式の席決め以上に細かい作業が繰り返しつづくことになる。十両格行司木村朝之助を中心に部屋の全スタッフと力士も総出で、今日は名札と席を合わせる作業。ちょっと名前の漢字が苦手なおすもうさんもいて、カルタ取りのような賑わい。明日も最後の追い込みの確認作業がつづく。